大判例

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最高裁判所大法廷 昭和40年(あ)2611号 判決 1967年7月05日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人野口恵三の上告趣意第一点について。

刑事裁判において、起訴された犯罪事実のほかに、起訴されていない犯罪事実をいわゆる余罪として認定し、実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料に考慮し、これがため被告人を重く処罰することが、不告不理の原則に反し、憲法三一条に違反するのみならず、自白に補強証拠を必要とする憲法三八条三項の制約を免れることとなるおそれがあつて、許されないことは、すでに当裁判所の判例(昭和四〇年(あ)第八七八号同四一年七月一三日大法廷判決、刑集二〇巻六号六〇九頁)とするところである。(もつとも、刑事裁判における量刑は、被告人の性格、経歴および犯罪の動機、目的、方法等すべての事情を考慮して、裁判所が法定刑の範囲内において、適当に決定すべきものであるから、その量刑のための一情状として、いわゆる余罪をも考慮することは、必ずしも禁ぜられるところでないと解すべきことも、前記判例の示すところである。)

ところでに本件について、これを見るに、「第一審判決は、被告人が郵政監察官及び検察官に対し供述するところによれば、被告人は本件と同様宿直勤務の機会を利用して既に昭和三十七年五月ごろから百三十回ぐらいに約三千通の郵便物を窃取し、そのうち現金の封入してあつたものが約一千四百通でその金額は合計約六十六万円に、郵便切手の封入してあつたものが約一千通でその金額は合計約二十三万円に達しているというのである。被告人は、当公判廷においては、犯行の始期は昭和三十七年五月ごろではなくて昭和三十八年五月ごろからであり、窃取した現金は合計二十万円ぐらい、郵便切手は合計四、五万円ぐらいのものであると弁解しているのであるが、」被告人の前記弁解は措信し難く、むしろ、「郵政監察官及び検察官に対し供述したところが真実に略々近いものである」とし、「これによれば、被告人の犯行は、その期間、回数、被害数額等のいずれの点よりしても、この種の犯行としては他に余り例を見ない程度のものであつたことは否定できないことであり、事件の性質上量刑にあたつて、この事実を考慮に入れない訳にはいかない。」と断定しているのであつて、この判示は、本件公訴事実のほかに、起訴されていない犯罪事実をいわゆる余罪として認定し、これをも実質上処罰する趣旨のもとに、被告人に重い刑を科したものと認めざるを得ない。したがつて、第一審判決は、前示のとおり憲法三一条に違反するのみでなく、右余罪の事実中には、被告人の郵政監察官および検察官に対する自供のみによつて認定したものもあることは記録上明らかであるから、その実質において自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白であるのにこれに刑罰を科したこととなり、同三八条三項にも違反するものといわざるを得ない。

そうすると、原判決は、この点を理由として第一審判決を破棄すべきであつたにかかわらずこれを破棄することなく、右判示を目して、たんに本件起訴にかかる「被告人の本件犯行が一回きりの偶発的なものかあるいは反覆性のある計画的なものかどうか等に関する本件犯行の罪質ないし性格を判別する資料として利用する」趣旨に出たにすぎないものと解すべきであるとして、「証拠の裏づけのないため訴追することができない不確実な事実を量刑上の資料とした違法がある」旨の被告人側の主張を斥けたことは、第一審判決の違憲を看過し、これを認容したもので、結局において、憲法三八条三項に違反する判断をしたことに帰着する。

しかしながら、原判決は、結論においては、第一審判決の量刑は重きに失するとして、これを破棄し、改めて被告人を懲役一〇月に処しているのであつて、その際、余罪を犯罪事実として認定しこれを処罰する趣旨をも含めて量刑したものでないことは、原判文上明らかであるから、右憲法違反は、刑訴法四一〇条一項但書にいう判決に影響を及ぼさないことが明らかな場合にあたり、原判決を破棄する理由とはならない。

同第二点について。

所論は、憲法三一条違反をいうが、実質は、量刑不当の主張に帰し、適法な上告理由にあたらない。

同第三点について。

所論は、憲法三六条違反をいうが、同条の「残虐な刑罰」とは、不必要な精神的肉体的苦痛を内容とする人道上残酷と認められる刑罰を意味し、事実審の裁判所が普通の刑を法律上許された範囲内で量刑しても、これを「残虚な刑罰」ということはできない(昭和二二年(れ)第三二三号同二三年六月二三日大法廷判決、刑集二巻七号七七七頁参照)から、所論は理由がなく、その余は、量刑不当の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

また、記録を調べても、刑訴法四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて、同法四一〇条一項但書、四一四条、三九六条により、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。(横田正俊 入江俊郎 奥野健一 草鹿浅之助 長部謹吾 城戸芳彦 石田和外 柏原語六 田中二郎 松田二郎 岩田誠 下村三郎 色川幸太郎 大隅健一郎 松本正雄)

弁護人野口恵三の上告趣意

第一点 原判決は、憲法第三八条の条規に違反して刑罰を科した違法があるので破棄は免れない。

本件公訴事実は、被告人が昭和三十九年一一月二一日、普通郵便物二九通(在中現金計七、八八〇円及切手六八四円分)を窃取したことの単一事実であり、その財産被害法益の額は一万円に満たない金額である。然るに第一審判決は、本件に対する量刑上の理由として、被告人が本件公訴事実以外に何回も同種犯行を行ない、その窃取金額は合計金八九万円に及ぶ旨の事実を参酌して、被告人に対する科刑は当然重かるべき旨を判示し、徴役一年二月の刑を言渡している。

しかしながら、右判決が量刑の資料として引用したものは、被告人に対する郵政監察官等の自白調書(他の配達員が窃取した分まで強引に抱き合わされたもの)あるのみである。すなわち、これら捜査官の調書記載の事実は、ただ被告人の自白のみであつて、もとよりこれを証明すべき証拠なきため、当然その訴追が見合わされたものであり、万一、検察官がこれらの事実を本件の余罪事実として起訴するも、何らこれを裏づける証拠なきため逐一無罪の言渡をうくべき証拠不明の事実である。よつて、弁護人は控訴趣意書第二点において、この点の違法を指摘したが、原判決はこれに対し、次のごとく判示してこの違法を看過した。

すなわち「……右のような訴訟上有罪として証明されていない行為があつたものとして量刑上の資料とすることが適当でないことはいうまでもないところであるが、被告人の前記のような持出し行為を、被告人の本件犯行が一回きりの偶発的なものか、あるいは反覆性のある計画的なものかどうか等に関する本件犯行の罪責ないし性格を判別する資料として利用することができることはもちろんであつて、原判決が量刑事情として説示しているところも、つまるところ、右のような趣旨に出たものと解するのが相当である。原判決が証拠の裏付けがないため訴追することができない不確実な事実を量刑上の資料としたとする弁護人の主張は採用し難い……」と。

しかしながら、憲法第三八条の第三項ならびに同条項全般の趣旨に照らして、かかる判示は到底承認しえない妄論である。

憲法の同条項が禁止するのは、単に自白のみによつて公訴事実の有罪を認定することのみにとどまらず、自白のみの根拠によつて、徒らに刑を重からしめること、すなわち明文上もあきらかなとおり、自白によつて、本来的科刑の範囲を超えて「刑罰を科」すことを禁ずるにほかならない。

原判決は、あたかも自白のみに準拠しえないのは、ただ有罪か無罪かの事実認定のみにとどまり、こと量刑の事柄については自白のみをその量定判断の資料とするも、もとよりこれを問わないというもののごとく解せられるが、もしも、このような論議が許されうるとするならば、捜査官の恣意により僅かに証拠の裏付けを得られる微細な事実一件を起訴することにより他は悉く、被告人の自白調書(後に訴訟法上の厳正な証拠調にさらす必要もないため、きわめて安易に作成しえられる)をもつて、起訴事実相応の量刑以上の重刑に処することが可能となり、実質上科刑の面において前記憲法の保障規定を潜脱し、併せて捜査官の自白偏重の悪弊を助長すること、余りにも明らかなところといわねばならない。憲法前記条項の趣旨は、極力捜査官の自白重視ないし自白強要の弊害の根絶を期し、証拠の裏付けなき自白を訴訟法上全く無価値なものと扱うように配慮していることは明らかであり、これによつてみれば、いかに量刑のための資料といえ、捜査官作成の自白調書を無批判に採用して、その量刑を重からしめることがごとき措置は、右憲法の趣旨に対する甚だしき背理であることが余りにも明らかであるといわねばならない。

第二点 原判決は、憲法第三一条に違反し破棄を免れない。

第一審判決は、本件の量刑にあたつて、本件は郵政公務員による郵政犯罪として一般の窃盗罪に比し、その罪質が悪質であり、公益に対する侵害も多大であつた趣旨をその理由として科刑を重からしめている。それゆえ、この点に関し弁護人より控訴趣意書第一点(三)においてその違法を主張したが、これに対し原判決は次のように述べて、その主張を峻拒している。

「所論は、被告人の本件犯行は窃盗罪にあたるものとして訴追されたにとどまり、信書開披罪ないしは郵便法違反罪として併せ訴追されたものではないのに、量刑にあたつて本件犯行の公益侵害の事情を考慮するのは科刑権の範囲を逸脱するものであると主張するけれども、刑法第二三五条に規定する窃盗罪の法定刑は一月以上十年以下の懲役刑であつて具体的事犯に関する量刑にあたつて、被害法益たる財産権の種類および内容、財産権侵害の態様、被害者の被害感情、犯人の職業、とくにそれが職務犯罪であるかどうか等の事情が量刑上参酌されるべき情状に属することは明らかであるから、所論は採用することができない。」

しかしながら、法益の種類、性質は、刑法各本条の犯罪定型を定める決定的要件であり、個人的法益に対する罪に対しこれのもたらす公益侵害の点にまで配慮を及ぼしてその刑を按配するがごときは法適用の範囲を逸脱し、審判の対象を越える不法な裁判であり、このことは、所謂絶対的親告罪についての意思をその訴追要件にかからしめている立法措置を引照するまでもなく明らかでさる。すなわち本件が私人の財産法益を侵害したと同時に通信の秘密、安全、信用をも侵害したとするならば、よろしく信書開披罪ないしは郵便法違反の罪をも併せ訴追して、その科刑を加重すべきであり、かかる措置をとらずして、本件を窃盗罪として起訴し、かつ窃盗罪としての審理に終始したにもかかわらず、たまたま窃盗罪の法定刑の範囲が広いのに乗じ叙上公益侵害の事情をも導入して、恰かも前記郵便法違反等の罪を審判したと同様の刑の効果をこれによつて収めんとするがごとき議論は、科刑権の範囲を逸脱したものであり、正当な刑事手続を保障する憲法第三一条の条規に照らして違法である。

第三点 <省略>

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